美しい麻の里から
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先日チラッと書いたが、ウチの市の地名「匝瑳市(そうさし)」は「間違えて読むことすら出来ずにただ絶句するのみ」と言われるほど難読らしい。
地元民にとっては市の名前になったのは最近だが昔から慣れ親しんだ地名なのでかえってそう言われる方が不思議な気がする物だ。

今日、母がお昼を食べながらこう言った。
「匝瑳という地名の由来は何だろうね?」
数年前まで匝瑳市は八日市場市と匝瑳郡野栄町であった。
更に旧八日市場市は数十年前には匝瑳郡八日市場町であったのだ。

早速ネットで調べてみた。
そして調べてみて驚いた。
匝瑳郡という地名が使われるようになったのは西暦500年前後関東地方を統一した物部小事(もののべのおごと)という人物が褒美としてもらった地区が匝瑳郡ということらしい。読み方は「そうさごおり」だけどね。

しかし、その以前からも「匝瑳」という地名は使われていた。
更に時代を遡ると「狭布佐(さふさ)」という地名だったらしい。
狭布佐が匝瑳に時代と共に変化したということ。

意味は「狭」は美しい、「布佐」は麻を意味する文字であった。美しい麻が取れる地域だったということだ。
では、どうして「狭布佐(さふさ)」で麻が栽培されるようになったのか?となると更にグッと遡って紀元前1000年頃の弥生時代後期!の話になる。

阿波の国(徳島県)から忌部氏(いんべし)という豪族が各地に麻を植えて廻ったらしい。中でも麻が良く育ったのがこの千葉県で都に近い方を上総(かずさ)、遠い方を下総(しもうさ)と呼んだ。
で、この「総」(ふさ)も麻を意味する文字なのである。

そしてその忌部氏が住んでいたところを故郷の阿波にちなんで安房(あわ)と名付けた。
安房の「房」と上総下総の「総」を合わせて「房総」と呼ぶようになったというわけ。

その上総、下総のなかでもとりわけ美しい麻が育ったのが「狭布佐」だったんだろうね。
というわけで匝瑳の地名には3000年の歴史があるということ。すごいね!

自分の住んでる地域のことたまにこうして掘り下げてみると面白いよ~。
by jptrad | 2011-12-05 20:13 | Comments(4)
Commented by yama3-blog at 2011-12-05 22:24
地名一つとっても深いですね!
Commented by 世話人はもういいや! at 2011-12-06 10:14 x
小学校の時「さふさ」という文集があったの覚えていますか?
小学生だったワタクシはあの名前の由来を調べたことがあって、
年代までは覚えていませんがだいたい同じことを知っていましたよ。
(^^)v
Commented by jptrad at 2011-12-06 15:02
yama3-blogさん、
地名はいつの時代かわからないけれど誰かがつけてそれが時間と共に変化したりして今に伝わっている、そう考えるとどの地名にも物語があるんですね。
Commented by jptrad at 2011-12-06 15:10
世話人さん、
「さふさ」覚えてますよ~。その当時、先生に聞いたら「さふさ、これは昔匝瑳のことをこう言ったんだよ」と教えてくれました。意味は何だか麻が関係しているということまでは知ってましたがそれ以上は今回調べて知りました。なんでも疑問に思ったら調べてみると面白いよね。
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